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マインドコントロール

前書き

そう思ってる貴方が一番危ないです。貴方は、世間知らずだからマインドコントロールの怖さを知らないだけかもしれません。しかし、身近な人間、もしくは、自分自身がマインドコントロールを受けた経験のある人間は、その本当の怖さを知っています。

同期のT君 - ay

それは、1986年4月末のことでした。寮で同室だったTが「変な電話がかかってきた」と言います。申し込んでもいない抽選に当たったと電話がかかってきたそうです。何処からどう見ても胡散臭さ200%ですね。Tも、胡散臭さには気づいていたようで、「だまされてるんじゃないだろうか」と言っていました。当時、マインドコントロールの怖さを知らない私は、軽い気持ちで「面白そうだから行ってみたら?」と無責任なことを言ったのですが、それが悪夢の始まりでした。

GWの間、帰省していた私は、帰ってきて部屋に妙な機械があるのに気づきました。「これ何?」と聞く私を手招きするN。「英語教材買わされたらしいよ」「工エェ(´Д`)ェエ工」当時、まだ珍しかったVHDの教材で、しめて30万円也。どうせ買わされるならレーザーディスクを・・・とか、そういう話はどうでもいい。当時、英語教材と言えば典型的な押売素材でした。上手く丸め込まれて不要物を買わされたと誰もが認識している中、本人だけは嬉しそうです。周りにいる全員が「だまされてるから早く解約した方が良い」と忠告しても、Tは全く聞く耳を持ちません。数十人が説得に当たりましたが、最後まで、Tが教材を解約することはありませんでした。

さて、この英語教材は有効に活用されたのでしょうか。結論から言えば、Tの英語力向上には、ほとんど役に立っていません。最初のうちは熱心に活用していたけれど、結局は三日坊主。そのうち飽きて放置状態。教材はともかく、プレイヤーだけでも活用しようとしても、世間の主流はレーザーディスク。VHDのソフトはほとんどありません。ちなみに、教材購入当時のプレイヤーの市販価格は、どちらも10万円以下。買った物を有効に活用できなかったという事実を受けて、Tは、ようやくだまされていたことを認めるに至りました。それから、Tは、口癖のように言い続けました。「何でこんな物を買ったんだろう」と。翌年、後輩達に怪しい電話に気をつけろと忠告するTの姿が・・・。

教材を売りつけた人物が、どのような話術を駆使したのか、私には全く見当もつきません。セールスに同席したわけでもなく、Tの話も具体性に欠け、全く要領を得ません。ただ、最初からだまされてることに気づいているにもかかわらず、大満足で購入させるマインドコントロールの凄さには驚くばかりです。

Tのことを笑っている場合ではありません。私も、その後、様々な社会勉強の中で、如何に自分が世間知らずか思い知らされました。Tほどではないにしろ、それなりの「授業料」は払ってきています。そして、「自分は絶対にだまされない」「Tのようにだまされたりはしない」という自信が、実は、根拠のない過信に過ぎなかったことも分かりました。これを読んでいる貴方も、笑っている場合ではありません。これは、決して、作り話でも特殊な話でもないのです。どこにでも良くある極ありふれた話であり、貴方が、その危険性を知らないだけなのです。

解けないマインドコントロール

マインドコントロールを解くのは容易ではない。 T君のケースでも1年近くの時間を要している。 解くのが困難となっている原因の1つとして、失敗を認めたくない心理が挙げられる。 騙されたと薄々感づいていても、騙されてないと思いたいのである。

失敗を認めたくない心理の例

物品購入

貴方は、何かを買うとき、事前に綿密に調べたことはあるだろうか。 ライバル商品と詳細な比較をし、その中から最も良いと思った物を選んで買ったことはあるだろうか。

さて、そのような経験をした人に聞きたい。 商品を買った後も、ライバル商品と比較しなかっただろうか。 そして、ライバル商品より優れていることを確認して悦に入ったことはないだろうか。 自分の買った商品が貶され、ライバル商品の方が良いと言われて、嫌な気持ちになったことはないだろうか。

商品を買った後にライバル商品と比較するのは何故だろうか。 商品が貶されて嫌な気持ちになるのは何故だろうか。 それは、自分の買い物が成功だったと信じたいからではないのか。 成功だと信じたいから、成功の事実を改めて確認しようとするのではないか。 失敗を認めたくないから、買った後もライバル商品との優劣が気になるのではないか。

株取引

株取引のプロは、口を揃えて「ナンピンをやってはいけない、ナンピンと逆のこと=損切りをやれ」と言う。 詳細は、後で詳しく説明するが、確率的期待値でもナンピンは損になるだけで、得になる余地は全くない。 それなのに素人の株取引でナンピンが横行するのは、損をした事実を認めたくないからである*1

人間は、実に不合理な生き物である。 損をした事実を認めなくても、損をした事実には変わりはない。 むしろ、早期に損をした事実を認めた方が対策も立てやすい。 しかし、それでも、損をした事実を認めないことで、何か得するような気になるのである。 やってはいけない失敗が専門用語となるほど、人間の不合理な心理は強いのである。

詳細解説

難平(ナンピン)買い

やってはいけない理由

株取引のプロは、損を損と認められない者は、成功者になれないと言う。 何故なら、損を認めないことには損切りができないからである。 損切りは、損失を最小限に抑えるうえで、必須のテクニックである。 しかし、損を認めなくない失敗者は、「含み損は損失ではない」と言って損切りを拒む。 結果として、売らずに塩漬けにした株がさらに下がって損失が拡大する。

損切りで売るべき株を逆に買い増すのだから、ナンピンは損切りとは真逆の行為である。 つまり、ナンピンをやると損切りができないばかりか、返って損害が拡大しかねない。 ただし、有望な会社の株を買った結果として、ごく希に、ナンピンと同じことになるということはあり得る。 株価が下がった原因が一時的なものであって、今後の上昇が期待できるなら、購入するのは間違いではない。 そして、一時的に下がったにもかかわらず、今後の上昇期待が他の銘柄より突出して大きいこともあるだろう。 そのようなことが自分の手持ちの株の中で起こることも、極まれにならあるかも知れない。 そのような場合は、偶然にも、ナンピン同然の買増しになることもあるだろう。 しかし、プロならば、狙ってナンピンをやることはありえない。

ナンピンは、利益の一部で利用して損失を穴埋めしているだけであって、損失を一円も取り返していない。 確かに、穴埋めによって損失が見え難くなるが、その分、利益の一部が相殺されるから、何か得するわけではない。 いや、むしろ、ナンピンは、損失を拡大させやすい。

損になる理由

ナンピンは、「絶対に負けない賭け事必勝法(笑)」=倍賭け法(倍々法、マーチンゲール法)より分が悪い方法である。 倍賭け法が、期待値上で全く得にならないばかりか、非常に危険な方法であることは後で詳しく説明する。

ナンピンは、成功した時の利益が少ない割に、失敗した時に損失が大きく膨らむ。 この点だけ見れば、倍賭け法と良く似ている。 しかし、ナンピンは、これは倍賭け法よりも条件が悪い。

次のような場合に強制的に勝負が終わってしまう。

  • 会社の倒産整理などで株券が紙くずになった

倍賭け法では、負けっ放しで勝負が強制終了することとによって損失が発生する。 つまり、負けっ放しで勝負が強制終了するケースが多いということは、損失が発生するケースが多いということである。 だから、そのことだけでも、ナンピンは倍賭け法より不利と言える。

通常の博打は各回の勝負が確率的に独立しているのに対して、株取引が取引前後の上下動に一定の相関性がある。 そのような場合に、下がった株を買増しするのは、危険性を伴う。 とくに、ナンピンを実行したくなるのは、株価が大きく値を下げた時であり、そのような場合には、その会社の状態が良くないことが多いので、さらに株が下がる危険性がある。 株取引では、上がりそうな株を買い、下がりそうな株を売るのが基本である。 だから、売買後の上下動を考慮せずに、下がった株を買増しするのは本末転倒であろう。 その本末転倒の結果、下がりそうな株を買増しするのでは、故意に損失を拡大しているのと変わらない。 分かり易くまとめるなら、次のどちらが得か考えてみれば良い。

  • 手持ちの株の中から下がった会社の株を買い増す
  • 手持ちの有無にかかわらず全ての会社の中から有望な会社の株を買う

言うまでもなく、後者である。 それは、勿論、後者の株の方が上がる見込みが高いからである。 仮に、前者の株が上がったとしても、後者の株の上昇額の期待値の方が大きい。 だから、「手持ちの株を塩漬けして、かつ、株を買増しする」という判断をしたとしても、ナンピンは必要がない。 その場合の買増しする株は、全ての会社の中から有望な会社の株を選ぶべきであって、手持ちの株の中の下がった会社の株に限定する必要は何処にもないのである。

繰り返すが、株取引では、上がりそうな株を買い、下がりそうな株を売るのが基本である。 よって、手持ちの株が下がりそうな時は、売る必要がある。 ところが、ナンピンでは、同銘柄を買い足すだけでなく、同時に、手持ち分を塩漬けにしてしまう。 同銘柄を買い足すリスクについては既に説明した通りだが、その他にも、塩漬け分の株価が下がるリスクも考慮しなければならない。 買増しした株と塩漬けした株が同じ銘柄なら、買増しした株が下がることは塩漬けした株も下がることを意味する。 つまり、ナンピンは、買増し分が下がりやすいだけでなく、塩漬け分も下がりやすいのである。

まとめると、ナンピンは、損失を拡大する効果しかもたらさない。 繰り返すが、株取引では、上がりそうな株を買い、下がりそうな株を売るのが基本である。 つまり、株を買うか売るかは、株価の今後の上下動の見込みだけで判断するのであって、過去の上下動は直接的には関係がない。 株価の過去の上下動は、今後の上下動の予測を立てるデータとして活用するだけである。 そして、株価変動の自己相関性を考慮すれば、上下動予測による売買判断とナンピンによる売買判断は、逆になることが多い。 つまり、ナンピンは、正常な売買判断を狂わせる危険な考えなのである。

誤解が広まる原因

景気の良いときは、株式相場全体が上昇相場になる。 上昇相場では、誰が何をやっても株は儲かる。 上昇相場では、よっぽどのことがなければ損をすることはない。 だから、上昇相場では、ナンピンでも儲けが出る。 しかし、本当は、ナンピンしなければ、もっと儲かったのである。 本当は、ナンピンによって、利益が減っているのである。 しかし、人は、誰も自分が下手だとは認めたくない。 その結果、本当は上昇相場のおかげで儲かったに過ぎないのだが、自分の株テクニックで儲かったと錯覚する。 そう錯覚した人が、「ナンピンは有利なテクニック」だと吹聴する。

そして、そうした人達は、一転して株式相場全体が下落相場になったとき、「やっぱりナンピンは間違いだった」という教えは残してくれない。 何故なら、彼らには、負けに転じた原因が分かっていないのだから。 上昇相場で儲けさせてもらっただけという真相を認められない者にとっては、下落相場になれば損をすることが理解できない。 何故なら、彼らは自称名人なのだから。 名人なのだから下落相場でも儲けられるはずだ、と、本当の原因から目を逸らしていれば、原因不明の不調としか思えないのだろう。 そして、その不調から脱出しようとして、増々罠にはまっていく。 そうなったら、自分の財産のことで頭が一杯で、他人にアドバイスする余裕などないだろう。 実際、上昇相場のときはweb上で「俺のテクニックでこんなに儲けた」と下手糞なテクニックを自慢しておきながら、下落相場になった途端に更新が滞る事例が結構ある。

倍賭け法

倍賭け法が、「絶対に負けない」と言われるのは、「必ず勝った所で勝負を止める」というあり得ないことを前提としているからである。 確かに、「必ず勝った所で勝負を止める」ならば、倍賭け法では絶対に負けない。 しかし、「必ず勝った所で勝負を止める」前提を可能とするためには、資金が無限にあり、かつ、掛金額に上限がないことが条件になる。 実際には、どんな人も有限の資金しか持たないので、資金が焦げ付いた場合は負けっ放しで勝負を終わることになる。 では、現実的な条件を想定して計算を行なうとどうなるか。

  • 掛金の期待値={n=1→Q}Σ(k×2^n×(1-δ)^n)
  • 配当の期待値={n=1→Q}Σ(k×α^n×δ×(1-δ)^(n-1))

ただし、各変数は次のとおり。

  • k=初回掛金額
  • Q=資金ショートするまでの限度回数
  • δ=1回あたりの勝率
  • α=配当倍率

δ=1/2、α=2の場合、掛金の期待値と配当の期待値は同額となり、利益=(掛金−配当)の期待値は0となる。 利益の期待値がプラスとなるのは、δ×α>1の場合だけだろう。 しかし、現実には、δ×α>1となるような博打は存在しない。 何故なら、そんな博打では、胴元が大損をするからである。 もし、仮に、そんな博打が存在するとするなら、倍賭け法を使わずとも、普通に賭けるだけで利益の期待値はプラスになる。

倍賭け法は、期待値上で全く得にならないばかりか、非常に危険な方法である。 それは、個々の状況を具体的に見ていくと分かる。

  • 確率(1-(1-δ)^n)で、kだけ得をする。(得する確率は極めて高いが、得る利益は小さい。)
  • 確率(1-δ)^nで、{n=1→Q}Σ(k×2^n)の損をする。(損する確率は極めて小さいが、損失額は極めて大きい。)

掛金が毎回倍々に増えるのに対して、利益は常にkに固定される。 そして、負けた時の損失は莫大な額になる。 つまり、高確率で僅かな利益を得るために、低確率で破産する危険を冒すのである。 これは、普通の博打と全く逆である。 普通の博打では、高確率で僅かな損をする代わりに、低確率で莫大な利益を得る。 宝くじが売れるのは、大した危険を冒さずに大金が得られるからである。 もし、利益と損失が逆だったなら、誰もそんな危険な宝くじを買わないだろう。 倍賭け法は、そんな割の合わない博打である。 博打打ちには、パーレー法(勝った時に掛金を倍にするやり方)の方がお勧めである。

*1 実際には、株取引で百戦連勝するのは無理があるのだから、損をすることがあるのは当然なのだが、それでも、損を認めたくないという心理が働く。そうした心理に対して、ナンピンは、非常に重大な心理的な効果をもたらす。ナンピンで損失を平均化してしまえば、損失額を小さく見せたり、損失をしなかったことにできてしまう。実際には、その分、見かけ上の利益も減るから、何の得にもならないのだが、見かけ上の損失が減ることで心理的抵抗感は和らぐ。